自由な働き方のためには規律が必要だ

あけましておめでとうございます。

昨年は様々な会社からのご相談をいただきながら、コンサルティングの経験を積むことができ、大変有意義な1年になったと感じています。その中で特に大きな組織について、大きな発見がありました。それは、自由な組織が規律で動いているということです。

例えば、働き方の自由は会社によって拘束され、縛られてしまうこともあります。インターネット上でも、たくさんのルールがあることによって働きにくさを感じる声もあります。しかし、実はその組織全体にとっては必ずしも悪いことではないというケースも、私はこの仕事を通じて理解できるようになりました。

企業はなぜルール(規律)を設けるのか

そもそも、なぜほとんどの組織ではルール(規律)を設けているのでしょうか?

よく間違われることがありますが、ルールは個人の感情や考えを排除するためのものではありません。また、労働者を厳しく管理して罰則をするために作られたものでもありません。

ルールは、チームや組織の中での【考え方の枠組み】を構築するために存在します。ロボットとの対比で考えるとわかりやすいかもしれません。

ロボットには「これをしてください」「次にこの処理をしてください」と指示すると、その通りに処理が行われます。しかし、人間は解釈が異なることがあります。そのため、人間の解釈とアウトプットが常に標準に達するように、組織では事前にルールを設けているのです。

ルールは組織の規律を担うものであり、ルールがないと会社は非効率になります。あまりに自由奔放な職場環境では、個人にとって都合よく合理化された業務や属人性が高く、他の人に引き継げない業務などが多く発生してしまうのです。

中小企業では、ある特定の部署や特定の人物に権限が集中した結果、会社全体として守るべきルールがなし崩しにされてしまうケースが多々あります。

(事例)卸売業の資本効率化

昨年、ある会社の相談を受けて、その会社を現場見学する機会がありました。その会社は従業員数で言うと50名もいないぐらいで、いわゆる卸売業を行っていました。営業マンが中心となってお客様のところへ行き、三河屋さんのように御用聞きをする。お客様からもらった情報に基づいて会社に注文をかけて、在庫があれば出荷し、在庫がない場合はメーカーに発注するという仕事です。

卸という仕事は、個人や数名ほどの小さな会社でもできます。基本的には仕入れをし、販売をするだけのビジネスモデルです。必要なのは、その商品に対するある程度の知識だけなので、複雑な専門的な知識や経験は求められません。だから模倣が簡単であり、個人が会社から独立して始めることも少なくありません。

しかし、卸業界には、大きな企業もたくさんあります。個人でできる仕事をわざわざ会社という組織形態で行う理由は、資本効率性です。個人がそれぞれの契約や商品を持ち寄って一つの会社を興すことで、大きな倉庫が使えるようになったり、運送効率を高めて、収益を上げることができるのです。一人一人がバラバラで取引をするよりも、事業を継続するためのコストを削減することができます。

また、規模の経済性とも相性が良いため、卸の会社は一定のエリアの中で一定程度のサイズに成長することが経営上有利に働きます。ですから、卸売り業は個人レベルでできるにもかかわらず、組織化されているのです。

ただの個人事業としての卸売り業から、法人として資本効率を意識した卸売り企業へ成長するためには、営業担当者たちの仕事の仕方を大きく変えていく必要があります。営業担当者が自由奔放に受発注を繰り返すと、過剰在庫をはじめとするさまざまな悪影響が社内にまん延し、利益率を大幅に下げてしまうためです。こうした問題を防ぐには「ルール」の整備が求められます。

しかし、私が見学した会社では、ほとんどルールが整備されていませんでした。その結果、極めて利益率の低いビジネスを展開していました。当然、資本効率も非常に悪い状態です。原因は、営業担当者の自由度を重視しすぎたためです。営業担当者が自由奔放に取引を繰り返し、配送まで権限を握るという事態が起きていました。

極端な例ですが、鉛筆1本や消しゴム1個のために営業車やトラックを走らせて商品を届けることが日常的に行われていました。営業担当者からすれば、お客様に頼まれて仕事をしているだけでお客様に貢献していると思うかもしれませんが、会社全体としては、利益が出ない商品や赤字になる商品を高いコストで出荷することは元を取れない行為です。

経営者は、現場の実態を非常に甘く見ていました。自社のビジネスモデルの強みが資本を集積することにあることをあまり理解していません。むしろ、「顧客と接触している営業担当者により多くの権限を与えるべきだ」との考えがあり、そのつけを社内のほかの部署へ押し込めるような方針さえ持っていました。

自由奔放な職場の罠

従業員が自由に働ける環境を作ることは、一つの理想の形です。

しかし、実際には従業員が完全に自由奔放に働くと、非常に優れた能力を持つ個人が生まれ、その他のメンバーが後始末や負担を引き受けるような構造にチームが変質してしまいます。

最終的には、会社自体が非効率な運営になる可能性があります。したがって、会社は規律というロジックで動かす必要があります。

規律があって初めて、会社の運営は効率的になり、そこで働く社員たちが等しく「働き方の自由」を享受できる環境が作られるのです。

特に、多くの人を雇用し、大きな資本を動かして収益を上げるビジネスモデルでは、規律やルールを作り、それを守ることで資本効率を向上させる努力を継続する必要があるのです。

個人の暮らしとしての規律

ここまで、資本を効率的に動かすことができていない企業の例を挙げましたが、実は個人の働きでも同じだと思います。

きちんとした規律を作ることは重要です。例えば、毎日何時に起きて、何時に出勤し、何時間勉強をし、そして何時に眠るかというようなルールがないと、「今日はお客様に誘われて飲み会に行ったりして、何時に帰ってきたか分からない」。なんてことが起こります。

翌日出勤しても頭がボーッとして仕事に支障をきたしたり、設定した目標を達成できないことが起こるかもしれません。高校3年生が部活動に頑張りすぎて受験勉強の時間がなく、結局大学に受からなかったという状況と同じです。生活には目標を持ち、それに向けて行動する際に、自分自身を律する仕組みが必要だと感じました。

不思議なことに、ヨーロッパでは義務をきちんと守って、その責任を果たすということが自分たちの人間性の解放につながるというような思想があります。それは、例えばキリスト教的な価値観でもありますし、それから社会契約説におけるトマス・ホッブズのリヴァイアサンのような世界観でもあります。人々を律することなく自由放任にすると、それぞれの利害が一致せずにお互いにとって不幸であるということが指摘されています。

もしルールというものが作られて運用されなければ、赤信号でも車が走ってしまい、他人のものは簡単に盗まれてしまいます。ですから、自由というものは一定程度規制される必要があります。その目的は、個人の自由を守りつつも、社会全体の秩序(会社の場合は、ビジネスモデル)を守るためです。この議論は400年以上前からすでに行われており、秩序のために規律を作ることは今さら議論の余地がないと思われます。

会社が効率的に稼働するためにはルールを作り、それを守ってもらう必要があると考えています。もちろん、従業員や役員の反対や反発は避けられないでしょうが、それは経営者の仕事です。

私自身も今年は中小企業診断士の資格を取得する予定ですので、規律を守り、しっかりと勉強時間を設け、言い訳せずに取り組んでいきたいと考えています。